南陽市の文学への旅 歌碑めぐり

歌碑めぐり 

市内には、およそ32基の歌碑があります。 文学の里にたたずむ歌碑たちが静かに俳人・歌人の功績を称えています
歌碑の写真1 斎藤茂吉に師事し、自らも多くの門下生を育てた結城哀草果は、郷土の歌壇に大きく貢献しました。
歌碑の写真2 長谷観音に佇む、俳人高浜虚子の句碑は昭和28年に建立されています。
歌碑の写真3 須藤克三は明治39年宮内に生まれ、母校宮内小学校に奉職ののち日本大学へ。社会教育運動家として、また児童文学者として日本の教育文化、芸術文化に多大な功績を残しています。
歌碑の写真4 明治43年に宮内に生まれた黒江太郎は、歌人としてだけでなく、文化史の研究や文化財の保護に貢献しました。
歌碑の写真5 須藤克三の父流翁は山形県俳壇でも異彩を放った「宮内俳壇」の中心人物で、明治から大正にかけて華々しく活躍した俳人です。